フランス菓子ERI



田中
本日はよろしくお願します。
まずは、生年月日と出身地をお願いします。
また、子供の頃の好きな科目と、趣味とかはありましたか?
初見氏
昭和40年5月26日、出身は群馬県です。
小学校の頃は算数と理科が好きで、中学校までは理系のほうが好きでした。

趣味というか好きな事は、小学校の頃からシュークリーム、クッキー、スポンジなど作ったりしてましたね。それと飼犬とよく遊んでました。
シェフ
田中
お菓子を作る影響と言いますか、きっかけは何かあったんですか?
初見氏
テレビですね。
「料理天国」っていう当時、土曜の夕方で、大阪の辻調理師専門学校の先生が出てやっていた料理番組です。
初めて見てから、その番組をかかさず見るようになって、「ああ、こういう世界って面白いなぁ」と思ったんです。
まぁ〜はじめは憧れですね。

父親が建築大工の職人だったので、物作りに対して、見る事も、作る事も好きだったんです。
だから、スーツを着てネクタイを締めてする仕事のイメージよりも、なにか物を作る仕事のほうをやりたいなと、
小さい頃からずっと思っていました。
田中
そのころは菓子職人になりたいとは、もう考えていたのでしょうか?
初見氏
その頃は、フランス料理全体にものすごく憧れていまして、フランス料理にデザート部門もあるんですが、それ全体好きでした。
もちろんケーキを食べるのはその当時から好きでしたね。
田中
中学校、高校の頃はどうでしたか?
初見氏
ずっと、スポーツをしてました。中学の時は陸上、冬はスピードスケート。
高校では空手道。
全国高校総体では団体型の競技で全国4位になったんですよ。
今でもそれは最高の思い出で、その時先生に食べさせてもらった神戸牛のステーキと六甲山の夜景は忘れられません。
その夏、大学進学は諦め、料理の道に進もうと決め、専門学校に行きました。
田中
大阪の辻調理師専門学校ですね。
初見氏
ええ。その時、いちばん気持ちにあったのはフランス料理です。それと平行してお菓子を作るのも好きでした。
専門学校としては、洋食、和食、中華、お菓子を一通りはとりあえずやるんです。
それで大阪に1年行って、その後フランス校に行きました。
そこはもう、フランス料理とフランス菓子。
休日には町に出て、とても楽しい貴重な時間を半年過ごしました。
田中
大阪校に1年間、フランス校に半年間いたんですね。
それで卒業ということになるんですか?
初見氏
そうです。卒業して、日本に帰ってきてまず働いたのが、東京のフランス料理店です。
その頃はまだ、フランス料理全般と、デザートまで含めた全体をやりたいと思っていましたから。
ただ、そこはシェフが引き抜かれて別の店に移動することになって、1年ぐらいしかいませんでした。
シェフからは「おまえたちは、ついて来るのもいいし、どこか行きたい店があったら紹介してやるぞ」と言われて、スタッフ全員移ることになったんです。その時にお菓子の専門に行きたいという事を言いまして、フランス料理店の方から16区の三嶋社長を紹介して頂いたんです。
田中
それで16区に行かれたんですね。
初見氏
当時、私が東京にいる頃、三嶋社長が東京とか出張でよく来られていて、その時たまたま帝国ホテルに泊まっていると聞いて、紹介者の方と夜に仕事が終わってから会いに行きました。
それでお会いした時に、少しお話をさせて頂いて、後日、東京に出てくる時に群馬の両親に会いにいくからと言われて、私と三嶋社長と一緒に群馬の実家の両親に挨拶しに行って頂いて。
面接というか、親も含めた面接を16区の場合、基本とするので、わざわざ来て頂いての面接でした。
田中
なるほどですね、それで16区には何年ぐらい在籍されたのですか。
初見氏
22歳から35歳ぐらいまでいましたから‥‥13年ぐらいですね。
入社した当時はマンションの一階に16区の店舗があった頃です。
本格的にお菓子を専門に勉強するのは初めてでしたので、最初の店舗の時は10坪くらいの所で製造のスタッフが12、3人いたんです。
紹介して頂いた方から、「日本一の店だから」とは言われていたんです。
でも、本州を出る事態、初めてだったし、福岡という街を全然知らなかったので、日本一というのがどういうお菓子屋なのか、全然イメージがわいていなかったんです。
16区では一軒家を寮にして頂いて、独身の者が8人くらいはいたと思います。
田中
仕事はどうでした?また、今の新社屋になってからの方が長いんですか?
初見氏
13年間で、一通りの事は経験させて頂きました。
お店に入って始めの頃、2、3ヶ月は店頭にも出ていました。それから厨房に移らせて頂きました。
私が入社して3年くらい経った時で、25歳の時に新社屋が建ちました。

ちょうど、旧店舗の終わり頃に「探検九州」っていう1時間番組で、16区の特別番組があったんです。その番組の反響が大きく、新社屋での仕事はまだしてませんでしたが、あの時は凄いの一言でした。

文字

田中
なるほど、それで13年間勤めて、お店を出そうと思ったきっかけはあったんですか?
初見氏
もともと、この世界に入る時にのちのちは自分の店を持ちたいと思っていました。この業界にいて、10数年経って、結婚もして、子供も小学校に上がる頃でしたので、タイミングと言えばやはり子供の年齢を考えました。もう小学校に上がる頃で、そこであまり転校させたりとかはさせたくないと思いまして、私も35歳でしたし、そろそろいいかなと言う気持ちになりました。
田中
お店を出すのはもう始めから小倉と決められていたんですか?
初見氏
家内の両親は北九州に、家内しか子供が残っていなくて、僕自身が次男坊で家に帰る必要もなかったので、
出来るだけ側にいてあげたいと思いました。
小倉南区にしたのは、やはり田舎育ちなので街中ってのは僕はあまり住みたい所ではないんですよ。どちらかと言うと、郊外の田舎っぽいところが好きでしたし、後は、この場所がザモール小倉という総合ショッピング街があって、町並みがキレイでしたし、高速や都市高速もあり、また、JRの駅もあり、空港もすぐ近くにあったので、そういう意味で住むのに便利の良い所でした。その当時としてはケーキ屋さんが密集しているわけでもなかったですし。
田中
今年で創業何年目でしょうか?また、最初のオープンの時はどうでした?
初見氏
創業は2001年の1月20日ですから2008年で創業8年目ですね。
それが、三嶋社長や、16区のOBの先輩に助けて頂いて、やっとオープンできたようなものでした。とにかく、うちのスタッフが少なかったですし、だからもう、最初のうちはほぼ寝ずにバタバタでした。
閉店すれば、少しでも商品を作り、切らさないようにしてました。
今まで、環境が整ったお店で働いていた分、自分でお店を出した時に、機械もなければ、人もいなければ、名も知られていないケーキ屋がポツンとできた時に、どれだけお客様が来るかもわからない中でやるというのがどれほど大変かよく分かりました。
最初の段階で、「そんなにうまくはいかないだろうな」と思っていても、本当に開けてみないとわからないもので、忙しいくらい来て頂けるというのは、本当にありがたい話です。
田中
最初は何人で始められたのですか?

初見氏
製造の女の子が私の他にもう一人いただけなんですよ。
あとは店頭の販売で家内がいて、他にアルバイトが2名ほどいたんですが、一日中いてくれるわけではなかったので、人がいなければ作りながら売りながらでした。
製造、販売入れて常時3人くらいです。
田中
お店の名前の由来はなんですか?
初見氏
家内の名前ですね。
ここは家内の出身地ですし、たまにお菓子屋さんでも奥さんの名前をつけているお店があるのを思い出して、業者の方からは「奥さんの名前の店は成功している店が多いんですよ」と励まされた事もあります。
イメージや聞こえもいいですし、それで付けたような感じです。
でも家内は最初、少し抵抗があったようです。何で私の名前を出さないといけないのと・・。
アルファベットで、E、R、I、としてますから、短いのでお客様にも覚えてもらいやすいです。
「何でERIなの?」って聞く方がやっぱりいらっしゃいましたし、そこから物語が出来ますし、ERIって呼びやすくて、覚えてもらいやすい良い名前だと思います。
田中
今まで8年間やってこられて、何か苦労された事とかありますか?
初見氏
苦労‥‥そうですね‥‥おかげ様で順調に来た方だと思うんです。
スタッフにも恵まれていると思いますし、回りのお客様にも恵まれていますし、だから本当に良い場所で、良い環境で出来ているなぁ、というのは感じますね。ありがたいです。
今残っているスタッフは5年目、6年目という子もいますから、その時代その時で、いろいろ恵まれていると思います。
順調に順調に、少しづつですけど力が付いてきてると感じます。
田中
菓子職人にとって大切な事は何ですか。
初見氏
大切な事、そうですねぇ‥‥
まずはお菓子を食べるのが好き、そしてお菓子だけじゃなく、食べ物全般に興味をもてる事じゃないですかね。いろんな事に興味を持って、アンテナ張り巡らして、情報を入れる事を考えておかないといけないと思います。お菓子だけじゃなく、お店の経営としても時代に乗り遅れたらいけないでしょうし、気を回りに使っていればいろんな発想も生まれてくると思います。
田中
これから菓子職人になりたいと思っている人にアドバイスがあればお願いします。
初見氏
最初に、ケーキ屋さんになりたいと思ったら、それをずっと想い続ける事だと思います。
いろんなキツイ事、いろんなイヤな事もあるでしょうけど、それのせいにしてもしょうがないので、最初に自分で思ったのなら、それを貫き通す想いが大切な事じゃないんでしょうか。
そう思いますね。
田中
本日はありがとうございました。
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