パティスリー・ルシェルシェ



田中
本日はよろしくお願します。
まずは、生年月日と出身地をお願いします。
また、子供の頃の好きな科目と、熱中した事はありますか?
室井氏
昭和43年6月9日、地元佐賀県出身です。
好きな科目は体育と図工ですかね。
スポーツは小学校の頃はラグビーをして、中学の頃からずっとサッカーをしていました。
中学、高校とサッカー部で、卒業してからは地元社会人リーグのサッカークラブに入ってました。
趣味はすごく多趣味です。
今は忙しくて作れないですが、最近まではプラモデルをよく作ってました。
シェフ
田中
パティシエを志したきっかけは何ですか?
室井氏
昔「料理天国」という番組があってたんです。
ほとんど料理で、たまにお菓子があったり、それを面白いな〜ぁと思いながら見ていて、いざ「こういう道に進もう」と思った中に「服飾デザイナー」と「料理」と「お菓子屋」、要は物を作る仕事がしたかったんですね。
その3つの中で1番が、もしかしたらお菓子屋かなと思って・・・。
「料理天国」を見ていたのが確か高校生の頃で、よく辻製菓の先生が番組に出ていて、それで高校卒業後、辻製菓専門学校に行きました。
田中
辻製菓専門学校は何年ですか。
室井氏
1年ですね。
科目というか、そこでは「洋」が中心で「和」と「パン」がありました。
卒業してからは、喫茶店、カフェがしたかったんです。
もともと喫茶店をしたくてケーキを作ろうと思ったんですが、喫茶しながらケーキを作るのは無理だと気付いて、
「じゃあ〜」ケーキ屋さんだけにしようと思いました。
実際卒業後は、福岡のカフェに就職して、軽食やケーキを作りながらウエイターもやって、とりあえずそこの仕事は全部しました。
2年程そこで働かせて頂きました。
そして福岡のパン屋さんでケーキを作るという形で転職して、そこは1年ぐらいいて、それから福岡の洋菓子店に勤める事になったんです。そこが初めてのケーキ屋でした。
田中
どうでしたか、本格的な洋菓子屋さんに勤められて。
室井氏
なんか、やっぱり感動しましたね。
喫茶やパン屋でケーキを作るときはありふれた器具しかなかったんですが、初めてケーキ屋で専門の職人が使う器具などを見て「うわぁーっ」って思いました。
そこは3年ぐらいお世話になって、本当にケーキを作っているんだなぁという意味で楽しかったです。
その後は佐賀の基山と久留米にお店があるケーキ屋に行き、ここで初めて個人でやっているオーナーシェフのケーキ屋で、2年間いろんな意味での厳しさを勉強させて頂きました。
田中
修業時代できつかった事は。
室井氏
いちばん、きつかったのは大阪時代で、学校に行っていた時がいちばん、きつかったです。
大阪ではアルバイトをしながら学校に行く。それまでまったく仕事やバイトなどした事がなく、始めてアルバイトをしてそれがもう大阪なのでなかなか、水が合わないんですよ。

それが学校の紹介で入った所で、そこに住み込みでバイトしながら学校に通っていたので、逃げようにも逃げられない。
家はそこしかないし、その頃がいちばん、辛かったです。
でもやっぱりそこで仕事をしていく中で、いろいろ自分なりに考えました。力を入れる所、抜く所など、それが後々すごく役に立ちました。

文字

田中
では、そのオーナーシェフのケーキ屋で2年間働かれた後は?
室井氏
もう、すぐ自分の店を出しました、29歳の時です。
今はそのくらいの年で店を出す方も居ますけど、10年前の当時としては早い感じでしたね。
田中
トータルで、卒業して8年後くらいですね。
その時、お店を出そうと思ったきっかけや、ここに出そうと考えた理由は?
室井氏
ここに出そうと思ったのは、ここに昔、住んでいたからです。
昔とは大分変わってはいるんですが、目の前の道路の所に自宅がありまして、開発や区画整理があってこのあたり全体が変わったんです。いざ店を出そうと思って唐津に帰ってきたら、この場所にこの物件があって、昔の想いや気持ちだけでここに決めました。
オープンしたのが1997年10月です。
田中
ルシェルシェという名前について教えて下さい。
室井氏
店を出すにあたって名前はいろいろ考えました。
でも結局、自分が若いうちから店を出すという事で、「勉強する」という意味のニュアンスの名前にしようと思いまして。
それで「ルシェルシェ」というのがフランス語で「探求する」などと言う意味で、よしこれで行こうと決めました。
田中
オープンした時の状況はどうだったんでしょうか。また、エピソードなどありましたら教えて下さい。
室井氏
オープンした時は3人でした。
私と、製造、販売を1人づつ、ただもう人はすぐに入れましたが、
店を建てる時、工事の時にとりあえずここに来て、「あぁ店が出来るんだなぁ」とその時に向こうの方から工事している店を見ていると、誰も通らないじゃないかと思いました。
とにかく誰も通らない、車も走らない、大丈夫かなと少し不安でした。
でも、実際オープンしてみると自分たちが考えていた倍ぐらいのお客様に来て頂いて、3人で出来る分しか考えていなかったので、3人じゃ全然追いつかないし、最初はほとんど店に寝泊りでした。

オープンしてからよりも、今の方がいろんな意味で大変なのかもしれないです。
やはり人が増えれば増えたなりの苦労があります。人が少ない時は商品を作らないといけないと言う辛さはあっても、人が多くなると、作る事が本業と思っている自分としては違う事にエネルギーを使わなければならない訳です。

オープン時は時間的な苦労はあったとしても、どちらかと言えばそっちのほうが良かったなと思う時があります。
ケーキを作る事よりも、本当にキチンと経営という部分をしないといけないですからね。

田中
菓子職人にとって大切な事とはなんですか?
室井氏
やっぱり常に勉強する事、でもそれは菓子職人だけではないですけど。
常に自分自身が成長していかなければならないので、それを考えながらやっていく事。
それがたまたま菓子職人だったと言うだけですね。

それに業界や世間には常に新しい事がありますし、やっぱりそれを取り入れていかないといけないし、ある意味天狗にならないように、いろいろな事を感じ取れるような状況を自分で作っていったらいいんじゃないかと思います。
田中
これから菓子職人になりたいと思っている人にアドバイスを。
室井氏
最初の頃は辛い事のほうが多いかもしれないけど、自分が本当になりたいと思えば、その気持ちをしっかり持つ事です。
だけどこういう人が、今はあまり居ないです。
最近はあまりにもメディアが業界を取り上げますが、自分たちの頃はまったくそういうのがなかったので、あまり頭でっかちにならずにすんだんですよ。今は理想が先にありすぎて、そこにたどり着くまでの過程を考えていない。

まぁ、自分たちにも責任はあるんでしょうけれど。ただ、ある意味冷めていますね。
そんなに言ってもしょうがないんでしょうが、何かさめている人が多い、人間味をなかなか感じられないんです。
ただ、一概には言えず入ってから頑張る子もいるんです。「この子はちょっと無理だろうなぁ」と思っていても、以外にやる子もいますしね。

こちらとしては、その子たちに「自分がどうしたいのか」っていうのを、描かせて上げられればと思います。
最初は教え方が雑になったり、どうしても労働時間が長いので大変ですけど、そのあたりも何とかしていかなければと思いますね。
田中
本日はありがとうございました。
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